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【解説】「経済財政運営と改革の基本方針2025」で示された中小企業のDXとサイバーセキュリティ対策の推進策

「経済財政運営と改革の基本方針2025」で示された中小企業のDXとサイバーセキュリティ対策の推進策

2025年7月29日 Geminiを利用して作成 東京都 編集

エグゼクティブサマリー

本レポートは、日本政府が2025年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2025」(以下、「骨太の方針2025」)について、その政策的位置づけ、主要な骨子、そして特に中小企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進とサイバーセキュリティ対策に与える影響を、関連政策文書と連携させながら多角的に分析するものです。

「骨太の方針2025」は、単なる経済見通しではなく、総理大臣が議長を務める経済財政諮問会議が司令塔となり、翌年度の予算編成の方向性を決定づける最上位の政策文書です 1。その核心は、「賃上げこそ成長戦略の要」と位置づけ、物価上昇を上回る持続的な賃上げを起点とした成長型経済への転換を目指す点にあります 3。この国家戦略の成否は、日本企業の99%以上を占め、雇用の7割を支える中小企業の生産性向上と賃上げ能力に懸かっています。

このため、政府は「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画」を策定し、①価格転嫁・取引適正化、②生産性向上、③事業承継・M&Aを三本柱とする包括的な支援策を打ち出しました 4。特に生産性向上の切り札としてDXが位置づけられており、5年間で官民合わせて約60兆円規模の省力化投資を目指す野心的な目標が掲げられています 3。これは、単なるITツール導入補助から、伴走型支援や人材マッチングといった「実行能力の構築」へと支援の重心を移す、より成熟した政策への進化を示唆しています。

しかし、DXの加速はサイバー攻撃のリスク増大と表裏一体です。政府はこの点を深く認識しており、「骨太の方針2025」では国民の安全・安心の確保の一環として、中小企業を含むサプライチェーン全体のサイバーセキュリティ対策強化を明記しました 4。これは、サイバーセキュリティを単なる技術問題ではなく、事業継続と経済安全保障の根幹をなす経営課題として捉える明確な意思表示です。2025年内に新たな「サイバーセキュリティ戦略」を策定する方針も示されており、DX推進に伴うリスクへの予防的かつ包括的な対応が図られます 4。

本レポートでは、これらの高次な方針が、現場でどのように実行されるかを解明するため、「小規模企業振興基本計画」や「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」といった引用・関連文書を詳細に分析します。これにより、中小企業経営者が活用すべき具体的な支援制度や、直面するであろう課題、そして取るべき戦略的行動を明らかにします。結論として、「骨太の方針2025」は、中小企業に対し、DXをテコにした生産性向上と、それを支えるサイバーセキュリティ対策を一体的に推進することを強く求めるものであり、この潮流に適応できるか否かが、今後の企業の持続的成長を左右する重要な分岐点となるでしょう。


第1部 「骨太の方針2025」の戦略的位置づけと全体像

本章では、「骨太の方針」が日本の政策決定プロセスにおいてどのような役割を担っているのかを明らかにし、2025年版で示された政策の全体像を概観します。

1.1. 国家政策における「骨太の方針」の役割

「骨太の方針」は通称であり、その正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針」です 1。この方針は、単なる年次報告書や経済白書とは一線を画す、極めて重要な政策文書として位置づけられています。その理由は、政策決定プロセスにおけるその役割と権威にあります。

まず、「骨太の方針」は、内閣総理大臣自らが議長を務める「経済財政諮問会議」が司令塔となって策定されます 2。この会議は、経済財政政策に関する最重要事項を審議する場であり、ここで決定された方針は、政権の経済運営における最優先課題を示すものとなります。

次に、その策定タイミングが決定的な意味を持ちます。毎年6月頃に閣議決定されるこの方針は、各省庁が翌年度の予算編成作業を本格化させる前に行われます 2。これにより、「骨太の方針」で示された政策の方向性や優先順位が、事実上のガイドラインとして機能します。各省庁は、この方針に沿った形で予算要求を組み立てる必要があり、財務省もこれを基準に予算査定を行います 5。このプロセスは、省庁間の縦割りの予算獲得競争に先んじて、政権中枢がトップダウンで国全体の政策アジェンダを設定する強力なメカニズムとなっています。つまり、「骨太の方針」は、翌年度の日本の政策リソースがどの分野に重点的に配分されるかを予見させる、最も権威ある羅針盤なのです。

さらに、この方針は政府内の指針に留まらず、政府、行政、そして民間企業や地方自治体をつなぐ役割も担います 5。国が目指す中長期的なビジョンや、少子高齢化、財政再建といった重要課題への取り組み姿勢を明確にすることで、民間企業や地方自治体は自らの事業計画や政策立案の参考にすることができます。

1.2. 「骨太の方針2025」の5つの柱と主要課題

「骨太の方針2025」は、「『今日より明日はよくなる』と実感できる社会へ」という副題を掲げ、国民が将来への希望を持てる社会の実現を目指しています 4。その実現に向け、以下の5つの大きな柱が立てられています 3。

  1. 物価上昇を上回る賃上げの普及・定着 ~賃上げ支援の政策総動員~
  2. 地方創生2.0の推進及び地域における社会課題への対応
  3. 「投資立国」及び「資産運用立国」による将来の賃金・所得の増加
  4. 国民の安心・安全の確保
  5. 中長期的に持続可能な経済社会の実現

これらの柱の下で、全国平均の最低賃金を1,500円に引き上げる目標の継続や、官民で約60兆円規模の生産性向上投資の実現、そしてデジタル技術を最大限に活用した行政・財政改革(デジタル行財政改革)の推進など、具体的な目標が設定されています 3。

以下の表は、これら5つの柱と、それぞれに関連する主要な施策をまとめたものです。

表1: 「骨太の方針2025」の5つの柱と関連施策

関連する主要施策・目標
1. 物価上昇を上回る賃上げの普及・定着 ・中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画の実行 ・価格転嫁・取引適正化の徹底(労務費転嫁指針の活用等) ・最低賃金全国平均1,500円目標の継続 ・三位一体の労働市場改革の加速
2. 地方創生2.0と地域社会課題への対応 ・東京圏から地方への若者の流れの倍増 ・地域のサービス拠点づくり(買物、医療、介護、交通) ・デジタル行財政改革による公共サービスの維持・強化 ・「女性版骨太の方針2025」との連携 9
3. 「投資立国」「資産運用立国」 ・DX・イノベーション加速化プラン2030の推進 ・スタートアップ育成5か年計画の推進 ・GX(グリーン・トランスフォーメーション)投資の促進 ・人的資本に関する情報開示の充実
4. 国民の安心・安全の確保 ・新たな「サイバーセキュリティ戦略」の策定 ・防災・減災、国土強靱化の推進 ・経済安全保障の強化(重要インフラ強靱化等) ・医療・介護DXの推進
5. 中長期的に持続可能な経済社会の実現 ・全世代型社会保障の構築 ・プライマリーバランス黒字化目標の堅持 ・「経済・財政新生計画」の推進 ・公的制度の物価上昇に合わせた点検・見直し

この構造から明らかなように、「骨太の方針2025」は、賃上げを起点として経済を成長させ、その果実を地方創生や社会保障の持続可能性確保に繋げ、その基盤をDXと安全保障で固めるという、一貫した戦略に基づいています。


第2部 中小企業のDX推進とサイバーセキュリティ:政策連携の分析

本章では、「骨太の方針2025」の本文に基づき、中小企業支援策の中核をなすDX推進と、それに不可分なサイバーセキュリティ対策がどのように位置づけられ、連携しているかを深掘りして分析します。

2.1. 中小企業支援の方向性:「賃金向上推進5か年計画」

「骨太の方針2025」が掲げる経済戦略の根幹には、明確な因果関係の設計が見て取れます。最終目標である「成長型経済の実現」4は、「賃上げこそ成長戦略の要」3という認識に基づき、賃金上昇によって牽引されます。日本の雇用の大部分を担う中小企業がこの賃上げを実現できるかどうかが、国家戦略全体の成否を左右します。そして、中小企業が賃上げの原資を確保するためには、収益性の向上が不可欠であり、そのための最も重要な手段が生産性の向上、すなわちDXの推進です。

この論理的連鎖を実現するための具体的な政策パッケージが、「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画」です 4。この計画は、中小企業が賃上げ可能な経営環境を整備することを目的とし、以下の3つの要素を柱としています 3。

  1. 価格転嫁・取引適正化の徹底: 労務費や原材料費の上昇分を、大企業などの取引先に適切に価格転嫁できる環境を整備します。具体的には、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の周知徹底や、サプライチェーン全体での取引適正化を促す「パートナーシップ構築宣言」の拡大・実効性向上などが盛り込まれています。
  2. 生産性向上の強化: 賃上げの原資を生み出すための直接的な施策です。特に人手不足が深刻な飲食業、宿泊業、小売業など12業種を対象とした「省力化投資促進プラン」に基づき、2029年度までの5年間で官民合わせて約60兆円の生産性向上投資を実現するという野心的な目標を掲げています。
  3. 事業承継・M&Aによる経営基盤強化: 後継者不足に悩む中小企業の円滑な事業承継や、M&Aによる経営基盤の強化を支援します。「事業承継・M&Aに関する新たな施策パッケージ」を通じて、経営者の不安や障壁を取り除くことを目指します。

この計画は、賃上げという目標達成のために、「原資の確保(価格転嫁)」、「原資の創出(生産性向上)」、「事業の持続性確保(事業承継)」という3つの側面から中小企業を包括的に支援する、極めて戦略的な枠組みとなっています。

2.2. DX推進策の具体的内容と課題

「骨太の方針2025」におけるDX推進策は、従来のITツール導入補助金といった単発の支援から、より体系的で継続的な支援へと進化している様子がうかがえます。これは、DXの成否がツールの有無だけでなく、それを使いこなす組織能力や人材に大きく依存するという認識が深まったことの表れです。

具体的な施策として、「省力化投資促進プラン」では、単なる投資促進に留まらず、デジタル支援ツールの活用サポート、全国的な「伴走型支援」、そして複数年にわたる生産性向上支援が明記されています 3。これは、専門知識やノウハウが不足しがちな中小企業に対し、専門家が寄り添い、計画策定から導入、定着までを一貫してサポートする体制を構築しようとするものです。

この「伴走型支援」を円滑化するためのインフラとして、「セカマチ」と呼ばれるプラットフォームの機能拡充が挙げられています 4。「セカマチ」は、支援を必要とする中小企業と、商工会・商工会議所や金融機関、ITベンダーといった支援機関とを繋ぐマッチング基盤であり、企業が自社の課題に最適な支援を効率的に見つけられるようにすることを目指しています。

さらに、人材面での支援策として、都市部の経営人材が副業・兼業の形で地方の中小企業の経営に参画する「週一副社長」モデルの普及が掲げられています 3。これは、地方の中小企業が抱える経営人材不足という根深い課題に対し、外部からの知見やノウハウの注入を促す斬新な試みです。

これらの施策は、DXを「ツール導入」から「経営変革」へと昇華させるための「能力構築支援」と位置づけられます。しかし、こうしたマッチング支援や人材交流プログラムが実際にどれほどの効果を上げるかは未知数であり、「実効性についてはやや不明確」との指摘もあるように 3、政策の意図が現場でいかに具現化されるかが今後の大きな課題となります。

2.3. DX推進に不可欠な前提としてのサイバーセキュリティ強化

政府は、DXを強力に推進する一方で、それがもたらすリスク、すなわちサイバー攻撃の脅威増大を深刻に受け止めています。「骨太の方針2025」では、サイバーセキュリティ対策が「国民の安心・安全の確保」という主要な柱の中に明確に位置づけられており、DX推進と一体不可分の関係にあることが示されています 4。

この方針は、サイバーセキュリティを単なる情報システム部門の技術的な問題としてではなく、サプライチェーン全体の安定性や重要インフラの機能維持に関わる、経済安全保障上の重要課題として捉えています。具体的には、「中小企業を含むサプライチェーンにおける対策の強化」や「重要インフラの強靱化」が明記されています 4。これは、サプライチェーンにおいてセキュリティ対策が手薄な中小企業が攻撃の起点(踏み台)となり、取引先の大企業や社会インフラ全体に被害が及ぶリスクを念頭に置いたものです。実際に、医療機関がサイバー攻撃を受けて診療停止に追い込まれるといった事案も発生しており、対策の重要性は増しています 8。

この認識に基づき、政府は2025年内を目途に、新たな「サイバーセキュリティ戦略」を策定する方針を示しました 4。既存の戦略があるにもかかわらず、新たな戦略の策定に踏み切るのは、DXの加速によって日本の社会経済全体がこれまで以上にサイバー空間に依存するようになり、攻撃対象領域(アタックサーフェス)が飛躍的に拡大することへの強い危機感の表れです。新たな戦略では、政府調達基準(JC-STAR)の活用などを通じて、より高いレベルのセキュリティ対策を中小企業にも促していくことが予想されます。

このように、「骨太の方針2025」は、DXによる「アクセル」と、サイバーセキュリティによる「ブレーキ(および防御)」を同時に踏み込むことで、安全かつ持続可能なデジタル社会への移行を目指すという、明確な戦略的意図を示しています。中小企業にとって、DXの推進はサイバーセキュリティ対策の徹底とセットで取り組むべき経営課題となります。


第3部 引用・関連文書から読み解く政策実行の具体像

「骨太の方針2025」は高次の戦略を示すものであり、その具体的な実行は、方針の中で引用・言及される個別の政策文書に委ねられています。本章では、これらの関連文書を分析し、中小企業のDX推進とサイバーセキュリティ対策が現場レベルでどのように展開されるかを明らかにします。

以下の表は、「骨太の方針2025」で示された主要施策と、その実行を担う関連文書との対応関係を示したものです。

表2: 中小企業DX・サイバーセキュリティ関連施策と参照文書のマトリクス

「骨太の方針2025」の施策 小規模企業振興基本計画 労務費転嫁指針 DX・イノベーション加速化プラン2030 サイバーセキュリティ戦略 国等の契約の基本方針
生産性向上・DX推進 ✔ (経営力向上) ✔ (インフラ整備)
価格転嫁・取引適正化 ✔ (交渉指針) ✔ (官公需)
伴走型支援体制 ✔ (商工会等)
サイバーセキュリティ強化 ✔ (全体戦略)
資金繰り・受注機会確保 ✔ (官公需)

3.1. 「小規模企業振興基本計画」:中小企業の経営基盤強化

「骨太の方針2025」が商工会・商工会議所による支援の根拠として言及する「小規模企業振興基本計画」は、中小企業支援策の土台をなす重要な計画です 4。おおむね5年ごとに見直されるこの計画の第Ⅲ期(2025年3月閣議決定)は、中小企業が直面する経営環境の変化に対応するため、「経営力の向上」「地域課題解決の推進」「支援機関の体制・連携強化」「多発する大規模災害等への対応」の4つの目標を掲げています 11。

この計画がDX推進において果たす役割は、いわば経営の「OS(オペレーティングシステム)」をアップデートすることにあります。DXツールという「アプリケーション」を導入しても、それを活用するための経営基盤がなければ効果は限定的です。第Ⅲ期計画では、経営戦略、会計、知的財産管理、そしてデジタル技術の活用といった分野における経営者の「リテラシー」向上を重点施策とし、経営の「自走化」を促すことを目指しています 13。

このリテラシー向上と自走化を現場で支えるのが、全国の商工会・商工会議所の経営指導員らによる「伴走支援」です 12。彼らが中小企業の身近な相談相手となり、経営計画の策定からDXツールの選定・導入までをサポートすることで、政策が現場に行き渡ることを目指しています。つまり、この計画は、他のより専門的なDX支援策の効果を最大化するための、基礎的な能力開発を担う役割を持ちます。

3.2. 「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」:賃上げ原資確保の切り札

「骨太の方針2025」が賃上げ実現の鍵として周知徹底を掲げる「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」は、日本のサプライチェーンにおける長年の課題にメスを入れる画期的な文書です 4。公正取引委員会の調査では、原材料価格やエネルギーコストに比べ、労務費の価格転嫁率が著しく低いことが明らかになっており、これが中小企業の賃上げを阻む大きな要因となっていました 14。

この指針は、こうした状況を打開するため、発注者(大企業等)と受注者(中小企業等)双方が取るべき12の具体的な行動を定めています 15。例えば、発注者には「受注者から要請がなくても定期的に協議の場を設けること」、受注者には「発注者からの価格提示を待たずに自ら希望額を提示すること」、そして双方に「交渉記録を作成・保管すること」などを求めています 15。

この指針の真の重要性は、単なる努力目標ではない点にあります。発注者が正当な理由なく協議を拒否したり、価格を据え置いたりする行為は、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」にあたる可能性があると明示されており、公正取引委員会による監視・調査の対象となります 18。これにより、力関係で劣る中小企業が価格交渉のテーブルにつきやすくなり、交渉の実効性が高まることが期待されます。この指針は、政府が掲げる「賃上げ」という目標を、中小企業が財務的に達成可能にするための、極めて重要な「環境整備」政策と位置づけられます。

3.3. 「DX・イノベーション加速化プラン2030」:未来のデジタル社会基盤

「骨太の方針2025」が推進するDXは、個々の企業の取り組みだけでなく、それを支える国家レベルのデジタルインフラに依存します。その長期的な設計図となるのが、総務省が公表した「DX・イノベーション加速化プラン2030」です 19。

このプランは、2030年頃を見据えた次世代情報通信基盤の整備方針を示すものであり、中小企業のDXというミクロな視点に対し、マクロなインフラ環境を提供します。主要なプロジェクトには、現在の光ファイバー網をさらに進化させ、低消費電力・大容量・低遅延を実現する「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」の構築や、AIの計算処理に不可欠なデータセンターの地方分散、そして衛星通信などを活用した非地上系ネットワーク(NTN)の展開などが含まれます 20。

特にデータセンターの地方分散は、「骨太の方針2025」のもう一つの柱である「地方創生2.0」と密接に連携します。これにより、これまで首都圏に集中しがちだったデジタル産業が、地方でも立地しやすくなり、場所を選ばずに高度なデジタルサービスを利用・提供できる環境が整います。これは、中小企業が地方に拠点を置きながら、全国、さらには世界を市場として事業を展開することを可能にする「デジタルハイウェイ」の整備に他なりません。また、海外技術への依存度を下げ、経済安全保障を強化するという側面も持ちます 20。

3.4. 「サイバーセキュリティ戦略」:国家レベルの防御態勢

前述の通り、「骨太の方針2025」は2025年内を目途に新たな「サイバーセキュリティ戦略」を策定するとしています 4。これは、現行の戦略(2021年9月閣議決定)を、DXの急加速という新たな状況に合わせてアップデートする必要性を認識したものです。

現行戦略においても、既に「デジタルトランスフォーメーションとサイバーセキュリティの同時推進」や、サプライチェーン・リスクへの対応、経済安全保障の観点からの取り組み強化が謳われています 23。また、デジタル庁を司令塔としつつ、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)が政府横断的な監視や調整を担う推進体制が敷かれています 23。

新たな戦略では、これらの基本方針を継承しつつ、より踏み込んだ対策が盛り込まれると予想されます。特に、DXの進展で最も脆弱な環(ウィーケスト・リンク)となりやすい中小企業への対策が焦点となるでしょう。具体的には、

  • サプライチェーン全体でのセキュリティ基準の義務化: 特定の重要分野において、取引の前提条件として一定レベルのセキュリティ対策を求める動き。
  • 政府調達におけるセキュリティ要件の強化: 政府との契約を希望する企業に対し、より厳格なセキュリティ認証を求めることで、市場全体のレベルアップを促す。
  • 中小企業向け支援策の拡充: 対策の必要性は理解しつつも、コストや人材面で困難を抱える中小企業に対し、診断サービス、コンサルティング、補助金といった支援策をパッケージで提供する。

このように、新たな戦略は、DX推進という「攻め」の政策が生み出すリスクを管理するための、国家的な「守り」の態勢を再構築するものとなります。

3.5. 「中小企業者に関する国等の契約の基本方針」:政府調達による直接支援

政府は、民間企業に価格転嫁や取引適正化を促すだけでなく、自らが日本最大の「発注者」として、その購買力(官公需)を中小企業支援の直接的なツールとして活用します。そのための行動計画が、毎年閣議決定される「中小企業者に関する国等の契約の基本方針」です 26。

この方針は、国や独立行政法人などに対し、中小企業・小規模事業者からの調達目標額を設定し、その達成を求めるものです 28。令和7年度の方針では、創業10年未満の新規中小企業者からの調達目標を3%以上とするなど、スタートアップ支援にも力を入れています 28。

さらに重要なのは、単なる受注機会の提供に留まらない点です。この方針には、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の精神を反映した条項が盛り込まれています。例えば、不当に安い価格での入札(ダンピング受注)を排除するため、低入札価格調査を実効性あるものとすることや、最低賃金の大幅な改定があった場合には契約金額の変更に適切に応じることなどが明記されています 28。

これは、政府が「隗より始めよ」を実践し、自らの調達プロセスにおいて公正な取引の模範を示すことを意味します。民間企業間の取引に間接的に働きかける他の施策と異なり、これは政府が直接コントロール可能な領域で、中小企業の収益改善と賃上げ原資の確保に直結する、極めて実効性の高い政策です。


第4部 総括分析と中小企業への戦略的提言

本章では、これまでの分析を統合し、「骨太の方針2025」が示す政策群の相乗効果と潜在的な課題を整理するとともに、中小企業がこの政策潮流の中で取るべき具体的な戦略を提言します。

4.1. 政策の相乗効果と潜在的課題の分析

「骨太の方針2025」を中心とする一連の政策は、それぞれが独立して存在するのではなく、相互に連携し、相乗効果を生み出すように設計されています。

  • 能力開発から資金確保、実行、防御までの一貫した支援: まず「小規模企業振興基本計画」が伴走支援を通じて中小企業の経営リテラシーという能力基盤を構築します。次に、「労務費転嫁指針」と「国等の契約の基本方針」が、価格転嫁と官公需受注を通じて賃上げや投資のための資金確保を後押しします。そして、「省力化投資促進プラン」や各種補助金がDXという具体的な実行を支援し、そのインフラを「DX・イノベーション加速化プラン2030」が整備します。最後に、その全てをサイバー攻撃のリスクから守るため、新たな「サイバーセキュリティ戦略」が防御体制を固めます。この一貫した流れは、中小企業が直面する複合的な課題に対し、多角的な解決策を提供しようとする政府の強い意志を示しています。

一方で、この壮大な政策パッケージには、実行段階におけるいくつかの潜在的な課題も存在します。

  • 政策と現場の乖離(Implementation Gap): 「週一副社長」や「セカマチ」といったマッチングプラットフォームは意欲的な試みですが、その実効性は未知数です 3。理念が先行し、現場のニーズと合致しない場合、制度が形骸化するリスクがあります。
  • 支援疲れと情報過多: 次々と打ち出される支援策や補助金に対し、リソースの限られた中小企業が情報を収集し、適切に申請・活用することが困難になる「支援疲れ」や「情報過多」に陥る可能性があります。
  • コンプライアンスコストの増大: サイバーセキュリティ対策の強化は不可欠ですが、それが中小企業にとって過度なコンプライアンスコストや負担とならないような、実効性と受容性のバランスが取れた支援策が求められます。

4.2. 中小企業が活用すべきDX推進ロードマップと支援制度

これらの政策を最大限に活用するため、中小企業経営者は以下のステップで戦略的に取り組むことが推奨されます。

ステップ1:経営基盤の評価と学習(Assess & Learn) まずは自社の経営課題を客観的に把握することから始めます。地域の商工会・商工会議所が提供する「伴走支援」を活用し、専門家と共に経営計画を見直します。「小規模企業振興基本計画」が目指す経営リテラシーの向上を意識し、自社に不足している知識やスキルを特定します。 ステップ2:財務基盤の確保(Secure Finances) DX投資の原資を確保するため、積極的に価格交渉を行います。「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を交渉の盾として活用し、取引先との協議に臨みます。また、官公需情報ポータルサイトなどを通じて公共調達の機会を探り、「国等の契約の基本方針」が提供する保護措置を活かして受注を目指します。 ステップ3:DX計画の策定と投資(Plan & Invest) 「セカマチ」のようなマッチングプラットフォームや支援機関の助言を参考に、自社の課題解決に直結するDXツールやソリューションを選定します。その際、IT導入補助金やものづくり補助金など、政府が提供する各種補助金制度を調査し、投資負担の軽減を図ります 30。 以下の表は、中小企業が活用できる主要な支援制度と相談窓口をまとめたものです。

表3: 中小企業向け主要支援制度・相談窓口一覧

制度・窓口名称 所管官庁(中心) 提供内容 活用場面
商工会・商工会議所 経済産業省 経営計画策定、専門家派遣等の伴走支援 経営課題の相談、DX計画の初期段階
セカマチ(中小企業・支援機関マッチング基盤) 経済産業省 企業の課題に応じた最適な支援機関のマッチング 自社に合ったコンサルタントやITベンダー探し
IT導入補助金 経済産業省 ITツール・ソフトウェア導入費用の一部補助 会計ソフト、販売管理システム等の導入時
事業承継・引継ぎ支援センター 経済産業省 事業承継やM&Aに関する相談、マッチング支援 後継者不在、事業売却・買収の検討時
官公需相談窓口 経済産業省 公共調達に関する情報提供、入札参加資格登録の案内 政府・自治体の入札への参加検討時
よろず支援拠点 経済産業省 経営上のあらゆる悩みに関する無料相談 経営全般に関するセカンドオピニオン

4.3. DX推進に伴うサイバーセキュリティリスクへの実践的対応

DXを安全に推進するためには、サイバーセキュリティ対策をコストではなく、事業継続、顧客からの信頼、そして新たなサプライチェーンへの参加資格を得るための「投資」と捉える意識改革が不可欠です。中小企業は、以下の実践的な対策を講じるべきです。

  1. ベースライン・セキュリティの確立: まずは基本的な対策を徹底します。具体的には、ウイルス対策ソフトの導入、多要素認証(MFA)の設定、重要データの定期的なバックアップ(オフライン保管を含む)、そして従業員へのセキュリティ教育(不審なメールへの注意喚起等)が挙げられます。これらは、多くの攻撃を防ぐための最低限の防衛ラインとなります。
  2. サプライチェーンにおける責任の認識: 自社が攻撃の被害者になるだけでなく、加害者(踏み台)になるリスクを認識します。取引先(特に発注元の大企業)から求められるセキュリティ基準を確認し、遵守します。同時に、自社の仕入先に対しても、どのようなセキュリティ対策を講じているかを確認し、サプライチェーン全体でのリスク低減に貢献します。
  3. 政府支援の活用とインシデントへの備え: IPA(情報処理推進機構)が提供する「SECURITY ACTION」自己宣言制度や、サイバーセキュリティお助け隊サービスなど、中小企業向けの安価な支援サービスを活用します。また、万が一インシデントが発生した場合に備え、連絡すべき相手(警察、取引先、専門家等)や初動対応の手順をまとめた、簡易的なインシデント対応計画を準備しておくことが望ましいです。

「骨太の方針2025」が示す未来は、デジタル化を前提とした経済社会です。この大きな変革の波に乗り、持続的な成長を遂げるためには、DXによる攻めの経営と、サイバーセキュリティによる守りの経営を、車の両輪として一体的に推進していく戦略的視点が、すべての中小企業経営者に求められています。


参考文献・引用文献

  1. 【1分解説】骨太の方針とは? | 松村 圭一 - 第一生命経済研究所, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.dlri.co.jp/report/ld/253665.html
  2. 骨太方針 | いま聞きたいQ&A | man@bowまなぼう, 7月 29, 2025にアクセス、 https://manabow.com/qa/honebuto.html
  3. 骨太の方針2025「減税より賃上げ」 中小企業向けの支援策を解説 - ツギノジダイ, 7月 29, 2025にアクセス、 https://smbiz.asahi.com/article/15842474
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  5. 経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)とは|提出された提言や要望も, 7月 29, 2025にアクセス、 https://edenred.jp/article/hr-recruiting/274/
  6. 経済財政運営と改革の基本方針2025 - 内閣府 - Cabinet Office, Government of Japan, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2025/decision0613.html
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  8. 【全文】骨太の方針2025(医療分野)経済財政運営と改革の基本方針2025 - YouTube, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.youtube.com/watch?v=BMB4hdvUBNM
  9. 女性に選ばれる地域づくりへ「女性版骨太の方針2025」を決定 | お知らせ - 自由民主党, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.jimin.jp/news/information/210901.html
  10. 小規模企業振興基本計画(第Ⅲ期)を閣議決定(経産省・中小企業庁) | 社会保険労務士PSRネットワーク, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.psrn.jp/topics/detail.php?id=35962
  11. 小規模企業振興基本計画(第Ⅲ期)が閣議決定されました - 経済産業省, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.meti.go.jp/press/2024/03/20250325008/20250325008.html
  12. 【小規模企業振興基本計画(第Ⅲ期)が閣議決定されました】, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.henmi-adm.jp/news/3511.html
  13. 約285万の小規模事業者を対象にした第Ⅲ期振興基本計画が始動、4つの目標と15の重点施策 - 【公式】福岡の求人広告は株式会社パコラ, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.pacola.co.jp/%E7%B4%84285%E4%B8%87%E3%81%AE%E5%B0%8F%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E8%80%85%E3%82%92%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%9F%E7%AC%AC%E2%85%A2%E6%9C%9F%E6%8C%AF%E8%88%88%E5%9F%BA/
  14. 労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針 | 公正取引委員会, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html
  15. 労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針【概要】, 7月 29, 2025にアクセス、 https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/002217568.pdf
  16. 労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針について - Business & Law 合同会社, 7月 29, 2025にアクセス、 https://businessandlaw.jp/articles/a20240116-1/
  17. 令和5年11月公表の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」 | 弁護士法人PRO, 7月 29, 2025にアクセス、 https://i-l.info/column/8493/
  18. 労務費の適切な転嫁のための価格交渉 に関する指針について, 7月 29, 2025にアクセス、 https://wwwtb.mlit.go.jp/kinki/content/000322185.pdf
  19. 総務省によるDX・イノベーション加速化プラン2030の発表とその背景 - ゲーまと ニュース, 7月 29, 2025にアクセス、 https://news.game.matomame.jp/article/f5816fae-37b4-11f0-bb26-9ca3ba08d54b
  20. DX・イノベーション加速化プラン2030 - 総務省, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.soumu.go.jp/main_content/001013988.pdf
  21. 「DX・イノベーション加速化プラン2030」の公表|海のイドバタ会議 - note, 7月 29, 2025にアクセス、 https://note.com/theruleofoceans/n/n87f38046e14f?magazine_key=m98ad27b97172
  22. 報道資料|「DX・イノベーション加速化プラン2030」の公表 - 総務省, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin01_02000340.html
  23. サイバーセキュリティ戦略の概要 - NISC, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.nisc.go.jp/pdf/policy/kihon-s/cs-senryaku2021-gaiyou.pdf
  24. 我が国のサイバーセキュリティ戦略について - 総務省, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.soumu.go.jp/main_content/000853311.pdf
  25. 国家サイバー統括室 - 内閣官房, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/nisc.html
  26. 「令和6年度中小企業者に関する国等の契約の基本方針」を閣議決定(経産省) - 商工会議所, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.jcci.or.jp/news/news/2024/0510153852.html
  27. 「令和6年度中小企業者に関する国等の契約の基本方針」を閣議決定しました - 経済産業省, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419003/20240419003.html
  28. 「令和7年度中小企業者に関する国等の契約の基本方針」について【中小企業庁より】, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.takacci.or.jp/news/news-14997/
  29. 令和7年度における内閣及び内閣府の中小企業者に関する契約の方針, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.cao.go.jp/chotatsu/chusho/chusho/chusho070514.pdf
  30. 経済財政運営と改革の基本方針2025 - 厚生労働省, 7月 29, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001505995.pdf

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